アジア映画研究者: 松岡環氏
インド人にとって映画は特別な娯楽で、一種のコミュニケーションツールになっている。ポピュラーなのは歌と踊りが入ったミュージカル形式だ。そこにラブロマンスやコメディ、アクション、スリル、サスペンスまで「ナヴァ・ラサ(9つの情感)」と呼ばれる、ありとあらゆる娯楽要素が詰め込まれている。上映時間もかつては2時間40~50分が当たり前だったが、近年はシネマコンプレックスの設立などで短縮化が起き、ミュージカルシーンが短くなったり、内容を特定のジャンルに絞ったりといった変化が表れている。
字幕映画はほとんどなく、観客は自分が普段使っている言語の作品を見る。インドは多言語国家なので、必然的に作品数が増え、2014年度の年間製作本数は、日本500~600本、アメリカ約800本なのに対し、インドは1845本と世界一だった。多くの国がハリウッド映画に席巻される中、インドは興行収入の85%が国産映画で、非常に恵まれた状況と言える。映画業界はテレビや音楽、出版業界なども包括する強大なメディアになっている。
インド映画は海外にも数多く輸出されている。日本では1926年に無声映画「亜細亜の光」を上映。66年の芸術映画「大地のうた」公開以降は、岩波ホール総支配人だった故高野悦子さんらの貢献もあり、コンスタントに紹介されるようになった。98年の「ムトウ 踊るマハラジャ」や2013年の「きっと、うまくいく」の大ヒットは記憶に新しいだろう。日本でのロケも近年増えており、13年に富山で撮影した作品は、雪景色や桜並木、合掌集落など日本を象徴する景色が多く盛り込まれ、「非常に美しい」とインドで話題になった。
かつてインド映画と言えば、芸術もしくは娯楽の両極端に振れた作品が多かったが、近年はその中間を取った、良質で日本人の心情にも添うような作品が出てきている。ぜひ多くの方にインド映画を見ていただき、その魅力に触れてもらいたい。